コラム

umentu、RaspberryPi & OpenCV & Tensorflow & Keras おじさんになる

おはようございます どうも、クライアントに逃げられ、とっても陰鬱umentuさんです。 今日は、技術的な話をちょっとだけしたいなと思います。 というのも、先日技術ブログの方に上げた記事のおかげでアクセス数が急激に増えたからです。   なぜ今OpenCVやTensorflowやKerasなのか 私はかつて、OpenCVの記事をひたすら毎日あげていた時期がありました。とにかくアイデアを絞り、かつ数学的な解釈の部分をできるだけ出さないようにしつつ画像解析の説明をすることにハマっていたからです(まぁ、その頃休職していて暇だったこともあったのですが。。。)。そんなこともあり、日本語のOpenCV界隈では、それなりに一次ソースとして活用してもらえるような状態になっています。他にも優れた記事を書かれているブログはたくさんありますが、ね。 そんなこんなで今、なぜまたOpenCVに戻ってきたかと言うと、「OpenCVを使いたい」という案件に巡り合ったからです。それも、かつて記事を書いていたおかげでした。Facebookにとある方からメッセージが有り、その方の案件を引き受けさせていただくに至りました。あまり多くを語るといけないので、案件に関してはこれくらいで。 というわけで、再度OpenCVの海に繰り出してみたところ、初っ端からちょっと楽しくなるくらいアクセス数が伸び、「これはいける」と思って、それならいっそTensorflowだのKerasだのをひっくるめてやってしまおうというふうに至ったわけです。 意外と簡単 Tensorflowは実のところ、あまり表立ってはいないのですが結構使っていました。ただ他の方の記事があまりにも優れていることと、なによりGoogle様のアウトプットが素晴らしすぎるため、あまり公開するのも意味ないなぁと思って出さなかったのです。Kerasはまだ初心者です。 OpenCVとTensorflowって、まぁそりゃそうなのですが親和性高いんですよね。画像関連の取得にOpenCVを使い、それをTensorflowで学習する。OpenCVだけでも、人の検知などはそれなりに結果が出るのですが、やはりそれなり止まりなのが正直なところです。遠くにいる人などを検知するには、やはりディープラーニングの力には到底及ばないわけです。Caffe?あぁそんなのもいたなー(遠い目) かなり情報は出尽くされていて、OpenCVとTensorflowを組み合わせるというのはかなり簡単です。そこにKerasが入ることで、より簡単にTensorflowが扱いやすくなる、というよりTensorFlow、CNTK、Theano といったディープラーニングの他の手法も取り入れやすくなるわけです。こういった画像解析にご興味のある方、コメントにてご連絡お待ちしております。一緒にお仕事しましょう。 ここに来てつらいのがRaspberryPi で、タイトルにもあるようにRaspberryPiも使っているのですが、RaspberryPiはかなり辛いんですよね。何が辛いかと言うと、環境構築です。Tensorflowを使おうとしてもTensorflowは公式的にはUbuntu用にしかないし。そもそもPython絡みでも結構縛りがあるし。あとスペック的にも何をインストールするにも時間がかかるし。SDカードは吹っ飛ぶし。 SDカードにRaspbian書き込んでたらSDカード逝ったあああああああああああああああああああああ #raspberryPi — umentu(CTO) (@umekichinano) June 7, 2018 でも、クラウドソーシングのサイトを見ていても、それほど多くはないですが、プロトタイプとしての開発にはやっぱりRaspberry Piなんですよね。もう少しでいいからスペック的に良いものがでてくれると嬉しいです。SSD搭載とか。こうなるとちょっと違うとはおものですが、ね。   経験はないですが、お仕事したいです 本音が章タイトルに出てしまいましたが、画像解析とか機械学習系のお仕事を是非したいです。日々勉強して技術ブログの方に上げていきますので、何かリンクする所があればぜひご連絡ください!    

「○○しておいて損はないよ」という言葉に惑わされるな

ご挨拶 おはようございます。昨日、中野のHAJIMENO IPPOでたらふくにんにくを食べ、生きる公害となっているumentuさんです。にんにくの臭いって麻痺しますよね。夫婦揃って、「大丈夫か……?」と疑心暗鬼になっています。でも、ものすごい美味しかったです。   よく言われる言葉「〇〇しておいて損はないよ」 さて、早速本題ですが、umentuはとても人の言葉に流されないようにみえて濁流に飲み込まれるように流される質です。なので、人からのアドバイスがどうしても頭から切り離すことができず、聞き流せないところがあります。そんな人間にとって、 「○○しておいて損はないよ」 という言葉、ものすごく影響されてしまうんです。それを発した人にとっては軽く言ったつもりでも、必ずやらないといけないことのように思ってしまうのです。自分にとって圧迫感のある言葉なんですよね。特に、例えば新入社員の頃なんていうのは、先輩の言葉が絶対ではないにしても影響力が大きいです。そんななかで「○○しておいて損はない」なんて言われてしまうと、 「φ(..)メモメモ」 して、もはや義務としてしか捉えられなかったのです(umentuはメモを取るほど真面目ではなかったのですが)。   最近ふと気づいたこと 最近はそんなことを言われることもなくなった(まぁ言う人が周りにいないだけなんですが)ときにふと思ったのが、 ○○の部分ってなんでも当てはまらね……? ってことなんです。話の流れで、何にでも当てはまる言葉というか。例えば、長距離移動するときには トイレに行っておいて損はないよ   なにか食べておいて損はないよ   酔い止めの薬を飲んでおいて損はないよ   と、どれでも当てはまるわけです。エンジニアの勉強をしていれば Pythonの勉強をしておいて損はないよ   Rubyの勉強をしておいて損はないよ   AWSの勉強をしておいて損はないよ   と、話の流れからすれば、確かにどれでも損はないのです。   つまり、どういうことか 何が言いたいのかというと、「〇〇をしておいて損はないよ」という言葉は、次の2つの場合があるように思えるのです。一つは 当たり障りの無い表現として使いたい場合 です。「得をする」ではなく「損をしない」わけですから、言われた側にとってはやらなくてもいいことかもしれないんですよね。   もう一つは、意識的にしろ無意識的にしろ悪い表現ではあるのですが 言われる側のマウントを取りたい場合 です。あまりいい表現ではないですけど、「自分はやってるけどね」と、相手より少しでも優位な立場に立ちたいときに言う表現かと思うのです。   とどのつまり あまりいい言葉じゃないな、というのがumentuさんの結論です。言われる側になってしまったら、聞き流しておいてもいいかもしれないですし、言う側にはあまりならないほうがいいなぁ、と思った次第です。違う表現ができたらしたほうが良いように思いました。  

「先に謝っちゃえ」と談志師匠は言っていた – 日大問題

どこもかしこも猫も杓子も日大 日大の問題、どこでも話ししていますね。話し尽くされて今更何を語るんだという感じですが。眠れないので、少し語っておこうかと思います。 今回の日大の対応って、いろいろな闇は抱えているとは思いますが、様々な対応が後手後手になっていることが炎上当初の原因だったと思います。というようなことを振り返っていたら、立川談志師匠の、あれは何の落語のまくらだったでしょうか。このようなことを言っていました。 世の中の大体のことは落語でわかっちゃった。何かあると、「あー、あれは○○の落語だな」って。 続けて次のように言っていました。 なにかあったら、とにかくいいから先に謝っちゃえ、謝っちゃえって。 あまり談志師匠を知らない人からすれば破天荒の代表格のような人なので、意外な発言なのかもしれません。ですが、談志師匠はとても礼儀に厳しい人ですし、人前では過激な発言を言っていても、裏では筋を通す人だったのだと私は思っています。   また、談志師匠は「自分は天才だ」と公の場で語っています。これは、談志師匠自身に対してプレッシャーをかけるための発言だったと、私は考えています。他の落語家の方々の程度は知れている、というように振る舞うことで他の落語家の方々を鼓舞する、そのための存在だったのだろうと思います。そう思える節は、先程言った礼儀正しさという点からもにじみ出てきます。「お金を払って聞くなら古今亭志ん朝の落語だな」という発言であったり、体が動かなくなる少し前の体調がかなり悪いときに、現在の三遊亭円楽師匠が襲名するときの会にきちんと参加するところなど、他の方へのリスペクト、という言葉は適切ではないですね。義理堅いところはかかさなかったのです。 本当にすごい人だったと、尊敬の念に耐えません。 内田監督は談志師匠と対極の人 さて、多少なりとも世の中のマスコミ等のフィルタに通ってはいるかと思いますが、今回の内田監督のワタシ的印象は、上でお話した談志師匠と対極の、「人前では筋を通しているつもりでも、裏では過激な人」だったのではないかと思っています。しかし、今回の対応はとても人前でも筋を通せてはいませんでしたが、ね。自分の保守を考え、自身の過激な部分は表面に出さず、裏では過激さで猛威を奮っている。そんな風に思えてならないのです。 そんな人でも(表面的には)うまくいっていたのは、運動部的な考え方からでしょうか。軍隊のような統率を取る組織を形成するのに厳しさは必要です。それは非常に理解できます。ですが、事実関係がどうであれ、今回のようにごまかしにごまかしを加え、間違いに対して実直に謝らず、自分の教え子を投げ捨てるような振る舞いは、とても上に立つ人の行動とは考えられません。SNSで拡散することが心外だといいましたね。あなたが心外だから、SNSで拡散されたのではないですかね。 そんななか、病院に入院したそうですね。呆れ果てて、もう何も言うことはないですね。 特に何がいいたい、ということはありません と、ここまでさんざん書きましたが、特にこれといっていいたいことはありません。ただ、内田監督の会見を見て、寝ようと思ったら、談志師匠のことをふと、思い出しただけです。談志師匠の落語を聞きたくなりました。 みなさんの上に立つ人がどんな人か、もしくは自分が上の立場に立っている人は自分自身が普段どのように振る舞っているか、今回の件でちょっとだけ考えてみるのもいいのかもしれないですね。