「○○しておいて損はないよ」という言葉に惑わされるな

「○○しておいて損はないよ」という言葉に惑わされるな

ご挨拶

おはようございます。昨日、中野のHAJIMENO IPPOでたらふくにんにくを食べ、生きる公害となっているumentuさんです。にんにくの臭いって麻痺しますよね。夫婦揃って、「大丈夫か……?」と疑心暗鬼になっています。でも、ものすごい美味しかったです。

 

よく言われる言葉「〇〇しておいて損はないよ」

さて、早速本題ですが、umentuはとても人の言葉に流されないようにみえて濁流に飲み込まれるように流される質です。なので、人からのアドバイスがどうしても頭から切り離すことができず、聞き流せないところがあります。そんな人間にとって、

「○○しておいて損はないよ」

という言葉、ものすごく影響されてしまうんです。それを発した人にとっては軽く言ったつもりでも、必ずやらないといけないことのように思ってしまうのです。自分にとって圧迫感のある言葉なんですよね。特に、例えば新入社員の頃なんていうのは、先輩の言葉が絶対ではないにしても影響力が大きいです。そんななかで「○○しておいて損はない」なんて言われてしまうと、

「φ(..)メモメモ」

して、もはや義務としてしか捉えられなかったのです(umentuはメモを取るほど真面目ではなかったのですが)。

 

最近ふと気づいたこと

最近はそんなことを言われることもなくなった(まぁ言う人が周りにいないだけなんですが)ときにふと思ったのが、

○○の部分ってなんでも当てはまらね……?

ってことなんです。話の流れで、何にでも当てはまる言葉というか。例えば、長距離移動するときには

トイレに行っておいて損はないよ

 

なにか食べておいて損はないよ

 

酔い止めの薬を飲んでおいて損はないよ

 

と、どれでも当てはまるわけです。エンジニアの勉強をしていれば

Pythonの勉強をしておいて損はないよ

 

Rubyの勉強をしておいて損はないよ

 

AWSの勉強をしておいて損はないよ

 

と、話の流れからすれば、確かにどれでも損はないのです。

 

つまり、どういうことか

何が言いたいのかというと、「〇〇をしておいて損はないよ」という言葉は、次の2つの場合があるように思えるのです。一つは

当たり障りの無い表現として使いたい場合

です。「得をする」ではなく「損をしない」わけですから、言われた側にとってはやらなくてもいいことかもしれないんですよね。

 

もう一つは、意識的にしろ無意識的にしろ悪い表現ではあるのですが

言われる側のマウントを取りたい場合

です。あまりいい表現ではないですけど、「自分はやってるけどね」と、相手より少しでも優位な立場に立ちたいときに言う表現かと思うのです。

 

とどのつまり

あまりいい言葉じゃないな、というのがumentuさんの結論です。言われる側になってしまったら、聞き流しておいてもいいかもしれないですし、言う側にはあまりならないほうがいいなぁ、と思った次第です。違う表現ができたらしたほうが良いように思いました。

 

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